湘南物語 横横で葉デニじゃん
湘南?湘南なんて誰も言わないの、この辺りじゃあ、ここは稲村、稲村ケ崎。
つまり、この辺りは昔、稲村ケ崎と呼ばれていたようだ。
僕が物心がついた時には湘南と呼ばれていたし、稲村ケ崎という江ノ電の駅があるのは知っていたが、僕たちがガキの頃はここはもう湘南であった。
湘南ってどこからどこまでが湘南なんだろうね?となるがどこからどこまでなのだろうか。
まったく他県の方からすると、そもそも神奈川県の市町村の配置自体わからないだろうし、東京辺りの方でも、葉山、逗子、藤沢、茅ケ崎の場所などはあやふやかもしれない。
人によって湘南の定義は異なるかと思いますが、僕の湘南は葉山から茅ケ崎までが湘南というイメージですが、元々は神奈川県は相模の国と呼ばれていた。この相模の【相】の字から【水】に纏わるさんずいを付けて【湘】その南の方という事で【湘南】という事が始まりですが、その湘南と呼ばれる由来を知る人は今ではほとんどいなくなった。
ご覧いただくのは神奈川県の行政としてのエリアになるのですが、神奈川県の行政のエリア割りでは伊勢原、秦野なども湘南エリアに含まれる事になる。
だいぶ昔の話ですが、このエリア割りに関しては神奈川県民の中で一大論争が起こるのですが、それは横浜、川崎、相模と3つあった自動車ナンバーから4つ目となる湘南ナンバーが誕生した時のお話となります。【相模】ちなみにこれはサガミであってスモウではありません(笑)
人口増加、自動車増加の波を受けて誕生したのが湘南ナンバーであったのですが、この湘南ナンバーが上記の行政区割りで行われ、僕だけではないかと思いますが、多くの神奈川県民が湘南エリアであろうと思っていた、逗子、葉山、鎌倉が横浜ナンバーとなり、例えば、箱根、伊勢原などの山間部が湘南ナンバーとなるのはおかしいだろう。という論争が起こったのですが、時が経つにつれて、そんな論争もあったね。と記憶が残っている県民の方も多いのではないでしょうか。
あー言い忘れましたが、本日よりスタートする連載ブログは神奈川県民にしかわからない言葉とか。神奈川県民しか懐かしさを感じる事が出来ない。など他県の方をほぼ無視した内容になるのでご了承ください(笑)
僕らの上の世代の先輩方には思い出の場所が気になっていると思うので写真を載せておきます。
今から2ヶ月ほど前の撮影になります。
長者ヶ崎海岸からの海の動画はこちら
つまり今日は朝から横横で横須賀に来て、午前中で仕事を終えたら、逗マリに行く前に葉デニ跡地に行くかラマーレでランチをしようという算段である。
普段は横須賀からであれば1時間ほどで帰れるのですが、突如誘っていただいた会に参加させていただく事になり、今日は逗マリに宿泊出来る事になった。この逗マリは子供の頃は憧れの場所で、大きくなったらこんな場所で週末を過ごせるような大人になるんだ。と夢を描いていた子供であった気がする。
なんだよ。もう意味わからねーよ。という声が愛知県辺りから聞こえてきそうだが無視して話を進めちゃえばいいじゃん。という事である。
葉デニが閉店をしたのは随分前の話であるが、忙しいという言い訳をしながら時折なぎさ橋を通過していた。その跡地になぎさ橋珈琲という喫茶店が出来たのもだいぶ前であったが、そこでガキの頃を思い出しながらランチをしようと思っていたのです。
が、が、が、が、平日なのにこの人の数はどうかしている。日本国民全員リモートに切り替わったのだろうか。と思う程の人の数。いつから葉山はこんな人のいる町になったのだろうか。という事で、ガキの頃にはバイト代を握りしめて特別な子と特別な日に行くラマーレに行く事にした。
ここは、まだあまり知られていないのだろうか。20年ほど前の僕みたいな男の子が彼女と一組だけ順番待ちをしているだけであった。
そうだ、そういう日は葉デニではなくラマーレである。多分、僕たちの先輩たちは丁寧にラマーレ茶屋と呼んでいる場所だ。
この湘南と呼ばれる、葉山、逗子、鎌倉、藤沢、茅ケ崎の中でも葉山、逗子はたまに浮世離れした人と会う事がある。簡単に説明すると茅ケ崎、藤沢、鎌倉は現実世界の人達が住むエリアで葉山、逗子は浮世離れした世界である。
どういう事かと言うと、葉山、逗子ではどうやって生計をたてているのかわからないが、ほぼ生活の大半が船遊びで、このラマーレでお茶をしたり、犬の散歩をしたり、夜は友人とお酒と飲んだりと、何をしている人なんだろう。という人が人口の大半を占める(そんな訳はない)よくわからない町である。大人になっていろいろな物を見てきたが、これだけは未だに理解できない。
どれだけ知られているのかわからないが湘南はシラスが有名である。そのためサラダにもシラスがのっていた。
このローケーションで2200円からランチが出来るのは素晴らしい。まだまだ葉山、逗子は他と比べて静かな場所である。もうそれも長くはなさそうですが。やはり今日もラマーレでは浮世離れした人を見る。白髪にグラサンを掛けているミニのおばあちゃん。短パンに白のワイシャツでメチャクチャおしゃれなおじいちゃん。ここは本当、日本なのだろうか。
そんな町。いや村と言った方が良いこの場所は、僕も若い頃は良く来ていた場所である。大抵、僕と同世代の頃に育った男の子は取り合えず、免許を取ると小田厚で女の子を乗せて箱根に向かいスピード違反で捕まりしょんぼりして帰るデートをするか、横横で湘南に来て好きな子にサンダルを買ってあげ、葉デニでご飯を食べるというデートを一度はする。
その静かだった村も最近はとても賑やかだ。それまで藤沢、茅ケ崎、鎌倉行きの東京人が、葉山、逗子まで寝食し始めている。これは大問題である。何故に、東京人に対して上から目線なのか?という所に神奈川県民、面倒臭い県民の根底があるのです。
例えば大阪人、全国民が知っている面倒臭い県民である。(本当大阪の人すいません)ただ神奈川県民、実は大阪人より面倒臭い県民ですが、まったくそういう目で見られていないのでますます面倒臭い県民集団へと順調に成長し続けている。
例えばですが、
大半の人が実は中華街行った事がない問題
大半の人が崎陽軒の焼売ほぼ食べた事がない問題
サンマーメンが他県のラーメン屋に存在しない事にいちいち驚く問題
高校、大学で他県に行って開港記念日がない事に不満を言い出す問題
〇〇じゃん。〇〇っしょ。って標準語だと思っていた問題
何故に二俣川に行くで通じないんだ問題
子供の頃のアテストは全国的だと思っていた問題
中学で給食を食べている他県の人に驚く問題
通信簿って何?あゆみの事?となる問題
クリエイトや有隣堂が他県にない事にびっくりしている事にびっくりされる問題
出身地を聞かれて何故か市町村で答える問題
多摩川を超えて引っ越すとほぼ裏切者扱い問題などなど
列挙すればきりがないのですが、面倒臭いのはこれらの問題は全国共通認識であると思っている所である。
そういう中に、何故、横横、小田厚、葉デニで通じないんだ問題も含まれるのです。
なんの話かわからなくなってきましたが、取り合えず逗マリへ向かうっしょ。という事でラマーレを跡に、いやラマーレ茶屋を跡にするのです。
逗子マリーナへのドライブ動画はこちら
※横横=横浜横須賀道路の略称
※小田厚=小田原厚木道路
※葉デニ=葉山Denny’s=Denny’s葉山森戸店の略称(現在は閉店)
※逗マリ=逗子マリーナの略称
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